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旧岩美鉱山探訪を5月26日に開催しました。当日は、町内外から28名が参加され、小田地区公民館から旧岩美鉱山抗廃水処理施設までの往復約6kmを歩きました。
道中、続日本紀に、7世紀末に因幡国から朝廷に銅鉱を献上されたの記載があり、このことと関連付けて、銅を管轄するための役所跡とも想像される広庭遺跡の解説を行いました。荒金部落では地元の山本茂さんの解説で、公民館内の旧岩美鉱山の写真展示や、昭和18年の鳥取大震災で被災されて亡くなられた鉱山関係者の慰霊碑を見学しました。
さらに、荒金部落から上流へ約500m、最終目的地の旧岩美鉱山抗廃水処理施設に到着。約1時間かけて、坑道や処理施設を見学しました。坑道内は約220m入ることが可能で、中の気温は約14℃です。暑い中歩ってきた参加者のみなさんが、涼しい風で一息つかれていました。
旧岩美鉱山の歴史は古く、7世紀末頃から採掘されていたといわれていますが、最盛期は大正から昭和初期のころです。この時期には、500人もの人々が働いていたようです。昭和46年(1971)に閉山となりましたが、坑道からは酸性度の高い有毒な水が絶えず流れ出ており、川には魚が棲めない、農業用水にも使えない水です。昭和47年(1972)には鉱害防止工事が開始され、水を石灰で中和して自然の川に放流するという処理が、国・県・町により続けられており、今後も半永久的に継続していかなければいけません。
鉱山の歴史と現実を肌で感じていただいたウォーキングイベントとなりました。
 
小田地区公民館から旧岩美鉱山へ向けて出発 行者の館で山本さんの説明と鉱山の写真を見る
 
慰霊碑の前で山本さんの説明を受ける 抗廃水処理施設に到着し、集合写真をパチリ
 
いよいよ坑道内へ 坑道内の奥深くで
 
さらに奥は、採掘された当時のままです 処理施設内で水が処理される工程を見学
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